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わたしと会社の老人 〜明日は我が身!?〜

この記事がめちゃくちゃ納得感あるのでリンクを貼ってみる。

blog.tinect.jp

なぜ納得感があるのか?


この記事では、老人が尊敬される時代が終わった根拠として 5つの要因が挙げられているが、なかでも私は要因2と3に 激しく同意している。

>【要因2】老人固有の知識が役立たずになってしまっている

ここでは第一次産業や地域社会に関する固有の知識について 書かれているが、会社でも同じことが起きているように思う。

私が勤務する会社は50代の社員がそこそこいるが、 過去に得た知識や経験をアップデートすることを怠っている人が多い。 その為、勘違いで若手を叱ったり、古い情報を拡散させ、訂正すると 拗ねたりという現場を度々目撃する。

>【要因3】知識や学習の普及

要約すると「今やネットや書籍で簡単に情報を得られるので、 老人による伝承は必要ない」ということが書かれている。

もちろん特別な体験によって自動的に得られた知見(戦争体験など)は、 どんなに我々が映像や活字を見ても、語り部には劣る。 媒体を通して、一部だけが切り取られて発信されている可能性もあるからだ。

ただ、仕事を遂行することだけに言えば、もう老人は不要かもしれない。 会社の変遷を知っていなくても業務はできるし、老人達の過去の正攻法を 強要されても、現代の流れの速さを考えても恐らくその正攻法は古めかしいだろう。

わたしと老人


実はわたし、去年、60代の嘱託社員を怒鳴りつけてしまった。

この事実だけ聞けばわたしは「年配者を敬わない最低な奴」だ。

その方は30年ずっと同じ部署で同じような仕事をしており、 全く時代の流れについてきていなかった。 とにかくその方が原因で若手社員の業務に明らかに支障が出ており、 我慢し兼ねたわたしがついに爆発した。 わたしの行動は自分とその他の皆を守る自己防衛策だった。

老害」認定


この記事のように、ただ尊敬されなくだけならまだいい方だ。

最近は「老害」という言葉も一般化してきた。 もう老人に頼らなくても良いとなると、体力も衰え、医療費圧迫中の老人は いよいよ疎ましく思われ、ついには「老害」認定されてしまう。

長く会社にいること=偉いと勘違いしている方が多いが、そんなことは全く無い。 会社は従業員のものではなく、経営者や株主のものだ。 あくまでも我々は会社の構成員であって、給料を貰っている以上、 会社が良くなるよう時流に乗って動いてもらわないと困る。

まぁ人間は機械ではないし心があるから、どうしても客観的に自分を 見つめることができる人は非常に少ないと思うけれど。

最後に、こんな記事のリンクも貼っておこう。

www.nikkei.com